フクの非日常

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ブログはじめました

大学時代、ソフトウエア業界に就職を決めたとき、教授はこう言いました。

 「脱日常を大切にしなさい」

毎日同じような仕事の繰り返しになるだろうから、仕事以外のことを
大切にしなさいよ。たまには日常を脱出することが大切だ、と。

当時は「そうなんだ。。。」くらいにしか考えていませんでしたが、
時間が経つにつれてそのときの言葉の意味が感じ取れるようになりました。
非日常について、考えたこと、感じたことを書いて行こうと思います。
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書き留めること

ワインバーグ先生はよくメモを取る。
朝起きたとき、シャワーを浴びたとき、
散歩に出たとき、原稿に向かっているとき、
いつでも思いついたことをメモしている。

メモを取るというのは意外と大変で、
いざ実践しようとしてもすぐに挫折してしまう。
メモ用紙が手元に無かったり、ペンがなかったり、と
中々続かない。

実は。メモを取ることには実はコツがある。
メモを取ることを習慣化し、技化するのだ。
手帳とペンを常に持ち歩き、何か思いついた時、
瞬時に書き留められる体勢を取っておくのだ。
何かを思いついてからメモを探すようでは遅いということ。

それともうひとつ、メモの記録先は一冊の手帳に集約する。
メモ紙に書いていたり、手帳だったり、ノートだったりと
書き留めたことが分散するよりも、記録先は一冊にする方がよい。
同じ手帳を持ち続けることで習慣付けしやすいからだ。

こうすることで、色々なことを書き留めれるようになった。

こんなモノがあったらいいな

(1)腕時計型ボイスメモ
腕時計にボイスレコーダーの機能を持たせ、いつでも発想したときに
ボタン一つでボイスメモへ記録することができる。
記録したボイスメモは、音声での再生のほか、文字として表示が可能。
また、PCに接続することで、記録したボイスメモをテキストファイルに
変換して記録することができる。
→これは自分でも使いたい。
歩いて移動しているときや、スポーツの間などメモを取れないときにさらっと覚えさせておく。
他にも、電車の乗り換えなど、一度見て置けば良いものを一時保存する。

(2)マイコン議事録係
集音マイクで集めた音声情報をテキストにリアルタイム変換する。
会議参加者は議事録係を捻出する必要はなく、会議に集中できる。
→とはいえ、議事録は大事な仕事の一部。
まったく議事録を書かないで済むことは無いだろう。
(新人の教育の一環でもあることだし。)
あるいは、主観が入らない音声による記録のみを証拠として認めるような
文化になっていくのであれば、まるっきり置き換わることができる。

といったことを思いついてはすぐに記録する。
アイデアマラソンを実践しています。

1000件

アイデアマラソンで1000件の発想を出した。
自分にはこんな事が起きた。

・メモを取る習慣ができた
・ノートに書く量が増した
・マインドマップの枝が伸びるようになった
・読書の理解力が増した
・英語多読を再開した
・継続力が付いた
・目標を立てるようになった
・前向きになった

1000件の発想で人生は変わったのか?
まだ気が付いていないだけかも知れない。

1年で1000件の発想を書こう ポケット・アイデアマラソン手帳’081年で1000件の発想を書こう ポケット・アイデアマラソン手帳’08
(2007/09/26)
樋口 健夫

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調べる以外に必要なこと

インターネットへの常時接続が普通になり10年が過ぎた。膨大な情報へのアクセスが可能になり、人が持つ知識は格段に増えた。人類は更なる進化の一歩を踏み出すかに見えたが、その兆候は見えない。しかし、何が足りていないかを浮き彫りにすることができたようだ。

コンピューターが電話回線で繋がる前は、情報は図書館・書店にしか無かった。新しいもの、まとまった情報といえば本に頼るしかなかった。インターネットの普及によって新しい情報源を手に入れてからは暫くの間は大変重宝した。簡単な調べ物ならばネット検索で済むようになり、随分と便利になった。人より多く検索することで、多少なりと知識が増え、アドバンテージを得ることができた。

ところが、ネット検索に慣れてしまうことによる弊害が出てきている。不明な点は、まずネットで調べる。答えが見つかれば仕事が進む。しかし問題なのは、検索で見つけられなかった場合である。調べても見つからなかった場合、そこで「分からない」と結論づけてしまうことは無いだろうか。自ら実践し、考えて、答えを出す努力を怠っていることは無いだろうか。

本の時代でも、ネットの時代でも情報を元に考えなければ、自分に必要な答えは導き出せない。情報が大量に溢れる現代だからこそ、情報以外に必要なことが見えてきたのかもしれない。考えることの重要性を再認識すべきである。

マラソン男子100キロ超級

夏の北京、トラックには巨漢と称するにふさわしい男達が集結している。
柔道着、タイツ姿、丁髷など、陸上競技には似合わない井出達なのだが。
号砲とともに男たちは一斉に走り出す。地面が揺れる。
巨大な群れがトラックを一周し、北京の市街へ踏み出していく。


「北京オリンピックの最後の種目、マラソン男子100キロ超級がスタートしました。今回から導入された「体重別」マラソンですが、目の前の出来事に驚きを隠せません。何が起こっているのでしょうか。」

「マラソンも長身の選手は歩幅が大きくて有利になります。同じ体格の選手で競技をしようということで、今回体重制が導入されました。柔道、レスリングなど体重別に階級が分かれていますが、柔道も以前は体の大きい人、小さい人が一緒に競技をしていました。これらの競技と同じように階級制が整備されたわけです。」

「そうですか。しかし、マラソンでは柔道と違って逆に体重が重いと不利ではないですか?これまで100キロのマラソン選手は見たことがないのですが。。。」

「確かにその通りです。当初は体格差を無くすための階級制だったのですが、重量級の階級を設けることでマラソンにはこれまでと違った奥行きがでてきました。重量級の選手はいかに自分の体を長距離まで運ぶか、といった技術が必要になるわけです。」


巨漢ランナーの大群は北京を走る。給水所が見えてきた。


「早くも先頭集団は給水所に差し掛かります。水や、各選手が独自に準備したスペシャルドリンクが並んでいますが。。。おっと、今の選手はバナナを取りましたが。大福を食べている選手もいます。」

「給水所にスペシャルフードを置いている選手もいます。大型の選手が長距離を走るためにはカロリー摂取が必要なため、食事が認められているんですね。選手は自分に合った特製のサプリメントを準備しています。やはりすぐにエネルギーになる、甘いものが好まれるようですね。」

「走りながらの食事はお腹にもたれなければ良いのですが。さて、出場選手の中にはマラソン以外で活躍している選手の顔が見えます。あれは朝○龍でしょうか。」

「そうですね。モンゴルに帰国してマラソンのトレーニングをしていたのでしょう。100キロを超えるマラソン選手はまだ少ないですから、各界からの参加者が多いですよ。」


ひた走る先頭集団。過酷なレースだけにリタイアする選手が続出する。
しかし、トップは激しい争いを繰り広げる。スローペースだがまさに団子状態だ。


「あーっと、トップを走るランナーが転倒しました!炎天下のため脱水症状でしょうか。後続のランナーも避けきれずに、次々と転倒。将棋倒しが続いています。誰一人として起き上がれません。残念ですが、ここで全員リタイアの模様です。」


こうして巨漢たちのオリンピックは幕を閉じた。

本よみの速度

「文庫本は2日で一冊のペース」

薄めの文庫本なら。
読んでるのは平日だったら往復の電車の中、一日およそ一時間。二日で二時間。
文庫本一冊200ページとするならば、一時間で100ページとなる。
が、実際一日読んで100ページにちょっと足りないくらいが多いので、
今のところ日本語だったら時速90ページの読速といったところか。

日本語の本読みがどれくらいの速さか考えたことも無かったが、
改めて考えるとこのような結果となった。
さて、我々が獲得を熱望して止まない第二外国語であるが、
(必要も無いのに外国語を勉強したくなるのは、利己的遺伝子の為であろう)
英語の読速はとても気にした時期があるので、自分の基準は知っている。
普通に読んで分速100語。最速でも150語なのである。
比較するために、単位を揃えなくてはなるまい。
PBは1ページあたり200~300語であるとして1ページあたり3分である。
つまり、英語は時速20ページ。
単純に、日本語の方が4.5倍の速度でページを捲っているのである。

更に、1ページあたりの情報量で比べねばなるまい。
日本語の文庫本だと、1ページあたり17行~18行。
英語のPBだと幅がある。まばらな本だと30行弱。詰まった本なら40行。
Agatha ChristieのAnd Then There Were Noneは1ページあたり27行である。
一行の情報量を同じとすれば、英語の方がページ当たりの情報量として1.5倍多いのである。
先程のページ捲りの速度比とあわせて考えると、

 4.5/1.5=3.0

となり、「日本語の方が3.0倍の速度で読める」となる。

これを本一冊で検証してみよう。
そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) は367ページ。
時速90ページで読むと四時間コース。四日間に当たる。
And Then There Were Noneは、十二日間で読み終わった記録が残っている。
読まない日もあったし、休日に読んでいるが平均すると十二日というのは外れていない。
日数にしても『3倍』という数字がでてきた。
今の自分の英語処理能力は、日本語に比べて3倍の時間を要している。
この「3」を「1」に近づけたいという欲求も、こんなムダな計算をしたくなるのも
きっとセルフィッシュ・ジーン(利己的遺伝子)のせいなのである。

ブログ強化月間

今月は30本ブログを書こう。
月初に立てた目標がこれだった。

7月、8月は『結構頑張っているけれど二日に一回』
というペースで、これが普通になっていた。
こういうときは、負荷をかけて鍛えるに限る。
一日一本のペースで30日続ければ、何か突き抜けるに違いない。
まあ、平日は毎日かけなくても土、日で書けばよいと
軽い気持ちで考えていた。折角だから、30日で30と言わず、
40本や50本でも書けるだけ書いてやろう。と、
そんな気構えで書き始めたのだった。

実際に書き始めてみると、なかなか調子が良い。
読みかけの本を仕上げて書く。一日一本書けると良いペースが保てる。
高校のときの塾の先生が「学生のうちに一日一冊本を読む年をつくりなさい」
と言っていたのだが。学生の頃に実現できなかった代わりに、
今やっているのだろうな、とそんな気分になってきた。
(もちろん、若い頃にやっておくべきだったのだが。
しかし、今からでも決して遅くは無いのだ。)

月の半ば、読みかけの本が尽きてからが辛くなった。
読むのが二日に一冊なので、違う話も混ぜていく。
やはり、ITの話はすんなりは入れるし、料理の話も書くと楽しい。
搾り出すと、いろんな事がでてくるのだな、と発見することも。

さて、明日からは『NW試験強化月間』。
しばらく本ばかり読んできたので本気で試験対策をやらなくては。
折角だから、覚えたことはブログに乗っけていこう。
ITっぽい話のところをしばらくお付き合い下さい。

次は今月30本め。間に合えば、30本達成。

咳と鼻水、どっち?

今週の頭から風邪をひいて低空飛行で過ごした一週間だった。
はじめは喉の痛み、鼻水、扁桃腺の腫れから熱っぽさ、
次第に咳へと症状が次々に変わっていく。
日中は薬を飲まず、寝る前だけ投薬治療をしていたが、
さすがに辛くなってきて薬局に駆け込んだ。

「風邪薬が欲しいんですが。」
「熱はない?」
「ないです」
「じゃあー、咳と鼻水どっちが辛いかね?」
「うーん、どっちも少しだけれど頭がぼーっとするのをスッキリさせたい」
「じゃあ、熱が少しあるのかな。総合感冒薬にしようか」

というわけで、咳と発熱の薬を買った。
自分でも気がつかなかったのだが、発熱していたのだろう。
薬がよく効いたせいか、集中して仕事をすることができた。

「咳と鼻水、どっち?」と問われて、始めに消えたた答えが復活したのが
意外で面白かった。おそらく、これまでの自分では半分煮え切らないまま
「鼻水」か「咳」を選んで辛い午後を過ごしていただろうと。
「どっちも違うんじゃない?」と、急に何かが閃いた瞬間であった。

風邪薬の第一法則

 「どっちの症状かで迷ったら、他を疑え」

色んな場面で応用できると思われ。

なにかと上の空

人が覚えていられることには限りがあるのだなあ、と思った一日。
朝から健康診断に行かなくては行けないことは覚えていた。
前の晩から食事と水を取ってはいけないことも覚えていた。
問診表と、採○が必要なのも覚えていた。
場所の確認を忘れていた。

毎回場所は同じなので、いつもと同じ駅と思ったのだが、
1つ手前の駅で降りてしまった。完全に勘違い。
前回と同じビルに入ったら、今回は隣のビルで検診だった。
確かに、案内が送られてきた封筒が前回と違っていた。
これは案内状を全く見ていなかったせい。
とにかく、忘れ物が多かったけれども、待ち時間に読む文庫本だけは
しっかり持って来たのだった。

ちょっと忘れ物が多かった、、、反省。
最近、何かと用事が多かったのが原因なのかなあ、と。
この先もっともっと色んな雑事で頭がいっぱいになることもあると思うので、
「頭がいっぱいにならない方法」があるといいなあ、と。
そう思うのでした。
(今のところ、「一つづつ済ませる」しかないのかなと。)

読んだら書く、書いたら読む

さっき、面白いことに気がついた。
ひょっとすると世紀の大発見かもしれないし、
誰かが先に考えたことかもしれない。
でもまあ、聞いてやってくださいまし。

ここ最近、モノを書くのにちょっと苦労していた。
ブログを書き始めてから実は、書くのが大変と思ったことはなかった。
パソコンの前に向かえば自然とタイプは進む、話も進む、
どちらかと言うと文章をスッキリさせるために削る方が多かった。

しかし、今週はちょっと具合が悪かった。
書きたい、書こう、というパワーが沸いてこなかったのだな。
これまでこんなことは無かったのに。。。
そこで最近自分に何があったか、とちょっと振り返って見た。
実は、先週~今週は本を読んでいない。
日曜が試験だってことで、平日もなるべく問題集を開くようにしている。
特に、試験まで期間がないから問題⇒回答⇒解説といった、
詰め込み型の試験対策をやっているのである。
書けないのはそのせいではないだろうか。

9月なんか書いて書いて書きまくった気がする。
それができたのも読んで読んで、読みまくったせいだと思う。
先週なんか、それなりにネットワークについて書けたのは
調べたり、読んだり、考えたりしながらだったからではなかろうか。
読んでるくから、書いていける。
インプットして、アウトプットしていくのだから理にかなった感じはする。

実は、この先が本題である。
これまで、それなりに本を読んできたのだけれど、
最近特に読めるような気がする。
ひょっとして、文章を書き始めたから読めるようになったのではないか。
読むだけだと、何か消化しきれないまま。
次に次にと読むばかりだと容量オーバーしてしまう。
読んだら次は書くことで、何か整理できたり、隙間ができたり、
次に読むためのバネを引っ張ったり、そんな風に働くのではないだろうか。

つまり、読んだら書く、書いたら読む。
入出力のバランスが取れると、読みも書きも、
どっちにもプラスになるのではないだろうか。

この仮説が正しいかどうかは、
来週からの読書三昧の中で観察するとしよう。


数字の数え方

最近、数字の桁が大きくなってきた。
一番身近で、日に日に桁が増えていくのはコンピュータの数字だろう。
 
デジタルカメラのファイルは1メガバイト、
パソコンに搭載するメモリは2ギガバイト、
大容量の外付けハードディスクは1テラバイト、
Googleが一日に扱うデータ量は20ペタバイトだ。

これらの数字はハンバーガーや牛丼など、身の回りにも増えてきた。
ところで、これらの数字はエクサ、ゼタ、ヨタと続く。
ヨタより大きな数字が必要になったらどうするんだろう。
「もっとデッカイ数」を作るんだろうな。。。

ちなみに、コンピュータは2進数で動作するので、
これらの単位の推移は1000で繰り上がりではなく、1024で繰り上がる。
正確な数字を表す場合は「1024」で繰り上がることを明記する必要がある。
1000と1024だと大した差ではなく思えるが(2.4%の差はでるのだが)
1000x1000と1024x1024になると4.8%の差が出るため無視できなくなってくる。
単位をそろえて計算するときは取り扱いに注意が必要なのである。

ところで、数字を表記するときに「,」を使うがこれが難しい。
 
    「1,000,000」は100万。これはまだ理解の範囲。
  「1,000,000,000」は10億。
「1,000,000,000,000」は1兆。(テラ=1兆なのだ)

日本語の数え方は「,」の進み方とズレるんだなあ。
メガ、ギガ、テラだと「,」の付き方と一致しているので簡単。
英語だと、million, billion, trillionは「,」の付き方と一致。
というわけで数字を読み上げる場合は英語のほうがカンタンだ。
(しかも、trillionの次はquadrillionと捻りがない)
http://www.jimloy.com/math/billion.htm

お金も大きな数字を扱うので大変だ。
普段から数字に慣れておくと、困らないのだろう。
100億円、といった場合、「10,000,000,000円」と書く。
単位を千円として、「10,000,000千円」と書くこともしばしば。
ちょっと大きめの数字を扱えるようになろうと思った。

食料自給率について考える

日本の食料自給率は40%と発表されている。
日本は食料を海外に依存、海外からの食料供給が
ストップすれば食料事情は急速に悪化する。
だから食料の確保、自給率の向上は重点課題である。

と思っていたのだが、実はそこまで深刻でもないらしい。
昔はテレビと新聞が報道すればそれは既成事実であった。
インターネットの発達によって多様な立場の人の意見が
目に入るようになった。意見の相違においては自分で考え
どちらが正しいか考える必要がある。

「自給率」という大きな数字に騙されてはいけない。
第一歩は自給率の定義をハッキリさせることである。
「40%」という数字は本当は何のことか理解することが重要である。
一般的に「自給率」といえばカロリーベースの自給率を指す。

①品目ごとに供給純食料(g)を熱量(kcal)に換算し、合計する。
②国民1日1人あたり供給熱量を2,562Kcalとし、合計する。
③①を②で割る。

計算の仕方は農林水産省のホームページから。
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/014.html


ネット上で議論されている点はおよそ2点。
計算式の妥当性と、供給品についてである。

まず、計算式の妥当性から考えると1人当たりの供給熱量
(2,562Kcal)が多過ぎるという点である。
一般的に成人男子で1800kcal~2200kcalと言われている。
20代、30代で中程度の労働をする人で2500kcal前後なので、
それより年代が上、女性の場合もっと低い供給熱量で計算すべき。
供給熱量を2000kcalで計算すると、自給率はあっという間に51%である。
いやいや、数字の定義というものは難しいものである。

次に供給サイドの「供給純食料」について。
自国の生産量+輸入量で計算されているので、実際に口に入った量
ではないというのが、数字のマジックなのだそうだ。
日本の国土の性質から、小麦、大豆よりも稲作が有利なため、
コメの自給率は高めることができる。一方で、食の多様化が進み、
パン食、パスタ食(めん類か。)の比率が高くなっている。
現在の食生活のままだと国内の穀類では足りず、海外からの食料が
必要であるというのは事実であるのは間違いがないであろう。
カロリーベースでの計算ということであれば、穀類、イモ類の
輸入比率の数字が大きく自給率に跳ねるのも確かである。

近所のスーパーに出かけると、本当に食料自給率40%なの?
と疑うべき光景が目に入る。にんじん、じゃがいも、たまねぎ、
きゃべつ、なす、野菜類はすべて国産である。
(にんにくはたまに中国産)
肉類、卵も国産。最近は産地の表示も進んできた。
魚はちょっと輸入ものが多いか。
パンはさすがに小麦が原料で海外に頼らざるを得ないだろう。
みそ、しょうゆ、豆腐といった大豆原料の製品も実は海外依存度が
高いかもしれない。

身の回りを見る限り、食べるものがないから食料自給率が高いというより、
海外からの多様な食料品が大量に入ってきている印象の方が強い。
自給率40%というと悲観的なイメージが先行してしまうが、
実態をつかむことが重要ではなかろうか。
自分の考えとしては、米食の見直しと、米、まめ類の国内生産量増加。
現在の米の価格は高すぎる。米の供給はもっと多く。減反政策は反対。
といったところ。

2008年を漢字一文字であらわすと

年末になると毎年やってるアレをやってみよう。
今年、2008年はあまり景気のいいニュースはなかったなぁ。
どちらかと言えば、急落、暴落、破綻、減益、人員削減、
先行き暗いニュースが多かった。
産地偽装から、ギョーザ食中毒、手付かずのお料理、教職員の不正合格。
「なんだこりゃ?」と首を傾げるニュースも多かったなあ。。

北京オリンピックや、スポーツ、芸能では思い出に残るニュースもあるが、
そっちの振り返りは次回やるとして。

やはり今年の一文字は「減」「落」といったマイナスイメージが
付きまとうなあ。。
他には、色んなものが明るみにでてきて、「暴」といったところか。
「食」にまつわるニュースも多かったなあ。汚染米とかビックリしたもの。

結論。
2008年は『食』に決定!
食べ物について考えさせられる一年であったことよ。


代わって自分にまつわる漢字一文字といえば、
『再』という文字を選びたい。

 再会
 再発見
 再チャレンジ
 再インストール

前にやってたことを「もう一度」ってことも多かったかな。
「書」という字も次点くらいに持ってきたい。

本の取り扱いについて

本というのは困ったものである。
油断するといつの間にか増えて、あちこちに山を成す。
読了本であればまだしも、未読山脈の自然隆起など年に度々起きてしまう。

本というものは放っておけば増えるのだろうか?
否、家主がせっせと自宅に本を担ぎ込む以外に
新しい本が山を成す理などないはずだ。
すべては家主のせいだ。起きてることは全て正しい。

では何ゆえ、読めもせぬほどの本をせっせと買い集めるのだろうか。
外に出ている間、更に言えば書店に出入りしている瞬間というものは
自宅に置き去りにした本たちのことをすっかり忘れているに違いない。
そうでもなければ、家に山と積まれた「手付かずのご本」を差し置いて
新しい本に触手を延ばすなど論理的に物事を考えられるヒトの行動とは
とても思えない。
いや、実のところ家にどれだけ本があるか把握していないのが
実態ではなかろうか?

そこで一考したのが『我が家の蔵書システム』。
PCにバーコード読み取り機を接続し、片っ端から本をぴっぴっと
読み取れば自宅にある本のリストができるというシステムがあったら
便利ではないだろうか?
人から借りた本であれば、「借本」という分類もする。
返すときは返却、本を売ったり捨てたりするときはバーコードを通すもよし、
PCの画面からざくっと削除するのも良し。
そんなシステム欲しいなぁ。。。

作ろうと思ったらそんなに難しくはないよね。
ISBN番号を読み出せば、検索エンジンに乗っけて本のタイトル持ってくる。
後はフツーのDB管理と画面だけだもの。
あ、なんか作るのも楽しそうだ。。。

更にもう一段発展すると「あの本どこ行ったんだっけ?」って探したいときあるでしょ?
そんな人のために本一冊づつにICタグをくっつけておく。
すると部屋中にばらまいてもICタグリーダーが探して部屋のどの辺にあるか
教えてくれる、、、とか。
絶対需要はあると思うんだよな~。

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