フクの非日常

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

原油高と次世代エネルギー

原油高が続いている。ガソリン高・原油高などの被害を直接受けているわけではないが、食品の値上げ等、じわりと生活の中に影響がでてきている。原油高の理由は様々に報道されているが、投機マネーの流入というよりも需要と供給のバランスで値上がりが起きていると考える。確かに、OPECが石油の増産を行っていない面もあるが、石油の消費量が増えており、需給のバランスが崩れているといえる。

石油は輸送機関にはなくてはならないものになっている。鉄道は電気を流して走ることができるが、船舶、車両、航空を動かすためには、現在の技術力では石油に頼るしかない。

・・・と、言い切ったのだが、それは誤りだった。

実は、石油以外の動力を持つことはかなり昔から可能なのだ。リチャード・P・ファインマンは原子力を使ったアイデアとして、潜水艦、航空機、ロケットをロスアラモス研究所時代に考え付いている。現在でも、原子力空母などは現役だし、原子力航空機なんてのも実験で飛ばされた記録もある。

しかし、原子力航空機、原子力自動車などは、墜落・事故を考えると危険すぎて使えない。電池技術の発展が急務である。石油に頼らない輸送機関が確立すること。そして、材料高、原油高のせいで食料品が軒並み値上がりという状況が正されんことを。

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)ご冗談でしょう、ファインマンさん〈上〉 (岩波現代文庫)
(2000/01)
リチャード P. ファインマン

商品詳細を見る
スポンサーサイト

将棋王決定戦

子供の頃、将棋が好きだった。
特に夏休みに遊びに行く親戚の家で、年上と指す将棋は最高に面白かった。
こっちは子供、相手は大人。勝てば嬉しい。リスクは少なく、リターンは大きい。

負けても次こそはー、と次の対戦まで研究を重ねる。本屋で将棋の月刊誌を買って、棋譜を盤上で再現していたので、研究熱心だったと今でも思う。当時、「矢倉」という戦法が流行っていて、随分真似をした。飛車を定位置から動かす「振り飛車」という戦法も格好良くて使ってみたのだが、性に合わなかったようだ。

一度も勝てなかった祖父に挑み続け、初めて勝てたのが中学生の頃。最強を誇った伯父を破ったのが大学生の頃だったろうか。あの時が親戚中での『名人戦』だったな、と今でも懐かしく思い出される。ネットで将棋が指せる時代になっているが、何といっても直接指す将棋が楽しい。この手はどうだ、どう切り返すのか、といった腹の探り合いが緊張感を誘う。

また将棋を指してみたいな。
今度会った時は将棋を一局、と誘ってもらえるととても嬉しい。
ただし、手加減は一切しないけどね。

決断力 (角川oneテーマ21)決断力 (角川oneテーマ21)
(2005/07)
羽生 善治

商品詳細を見る

夏の短編

この夏休み、短編を一本書くのが課題だった。
でね、短編と一口に言ってみたけれど、短編って何だろうね?
ってところからスタートした。
短編について書いた本を一冊。
コレは基本という短編を二冊。
前から気になっていた作家の短編を一冊。
読み上げて、短編一本と思っていたのだけれど、
一冊読了しただけで、他の本は半分まで齧った感じに。
けれども、短編ってどんな感じか雰囲気はつかめたよ。

短編ってのは、時間を取らないまことに礼儀正しい文学だそうで。
長編を読んでその作品が気に入らなければ『読んだ時間を返せ』
と言いたくもなるのだが、短編ならまあいいか、
こんな考えをするヤツもいるのかと。許してもらえるのだそうだ。

短編をいくつか読んでみたのだけれど、
なんとなく雰囲気はつかめてきた。
ほんのちょこっとだけれど、一つ書いているところ。
公開は。。。できるかな?

短編小説より愛をこめて (新潮文庫 あ 7-31)短編小説より愛をこめて (新潮文庫 あ 7-31)
(2008/06/30)
阿刀田 高

商品詳細を見る

死神の精度

伊坂幸太郎のショートストーリー。
2008年本屋大賞でこの作者を知ったのだが、他の作品も読んでみようと
目をつけていたのが「死神の精度」。
最近、短編に注目して本読みをしていたので折角だからというのもあり。

この作品なのだが、位置づけは短編か。
同じ死神が出てくるストーリーで一話完結なのだが、微妙に話の間で関係がある。
やはり、伊坂幸太郎は長編のほうが好きなのではなかろうか。
短編のスタイルをとっているが、結局は長編として仕上がっている。

伊坂の作品には特徴的な共通点がある。
①現実にはない、『特別な存在』が一つ出てくる
②主人公は二枚目なのだが、ちょっとトボケたところがある
③伏線が下手

今回の主役は死神。クールで仕事に忠実。容姿はカッコイイ人間の姿をする。
しかし、人間の言葉に慣れておらず、おかしな質問をしてしまう。
一風変わった人物像(死神像)は伊坂作品の主人公にいえる共通点ではなかろうか。
(ゴールデンスランバーでは、主人公は『大外刈り』が得意、だとか。)

もう一つ。伊坂作品は伏線が下手だ。
序盤のストーリーが後半に一点を目指して集約される、という感じではないな。
ぽつり、ぽつりとキーワードだけ出しておいて、終盤で再登場する感じ。
伊坂ファンの人は怒るかもしれないが、どうだろう。
伊坂スタイルといえば、スタイルかもしれない。

死神の精度 (文春文庫 (い70-1))死神の精度 (文春文庫 (い70-1))
(2008/02/08)
伊坂 幸太郎

商品詳細を見る

幻の光

宮本輝を読んだ。
ずいぶん久しぶり、十年前に読んだのが最後だったろうか。
今では当時の印象はなく、ほとんど覚えていないかな。

宮本輝は、はっきり言って怖い。
人間が普段考えないでいることを深く、ふかーく考えて文にしている。
昔あんなことがあったけど、その時なんでそう考えたのか。
あの人とは今は会えないけれど、あのとき何を考えていたのだろうか。
昔見た風景が忘れられず何度も思い出してしまう。
今自分はこうしているけれど、何でこうなってしまったんやろう。

その問いかけは、ほぼ答えがないところが、怖ろしさの理由だと思う。
考えても考えても答えは無いのに、延々と繰り返して、また考えてしまう。
物語の主は答えを見つけられたのだろうか。そこもはっきりとはしないな。
作者はこんな考えを込めたのだろうか。闇の中を手探りで読んでいくうちに、
自分も思考の迷路に引っ張りこまれてしまう。
このまま抜け出せなくなってしまわないかと怖ろしくなってしまう。
終わりになると、ふっと急に現実に戻ってきて、ああ帰ってこれたんだと
ほっとするような。そんな怖ろしさが宮本の作品にはある。

文学はね、少々分からないくらいが有難くって良いんじゃないかな。
何もかも説明してしまうほうが読者の理解は高いから評価は良いかもしれない。
でも、そんな文は口当たりは良いが歯ごたえがない。
読み手に技量を求めるような、そんな作品こそ文学だと思うのだな。

幻の光 (新潮文庫)幻の光 (新潮文庫)
(1983/01)
宮本 輝

商品詳細を見る

るるぶ落語

突然だけれど、落語に興味を持った。

落語、落語。。そんなになじみはないねえ。日本のモノなのに。
古典落語はいわば短編。いろんな話の元ネタにもなっているはずだ。
短編がどうだ、って話をする前に知っておきたい、基本なのかなと。

それでは、古典落語ってなーんだ、ってところで本屋さんに
出掛けてみたのだけれど、これが発見、驚きの連続だったのさ。
まず、落語の本のコーナーなんてのが見つからないんだね。
感覚的には囲碁や将棋やなんかの近くにありそうなものだが、
実は芸術・アートに分類されていた。大きな書店にしか置いてないんだな。
次に驚いたのは、「これ一冊でだいたい押さえた」って感じの本がないということ。
「古典落語全集」みたいな本が一冊あって、そいつを流すと基本はバッチリ!
みたいなのを想像していたのだけれど、だれ某の落語、という風に
有名な噺家さんの本しかないのだね。
ひょっとして、落語なんてのは教本があるわけでなく、
人から人に伝えて行くものなのだろうか。
教わる人によって中身が違ってくるから本にはできないとか。

うーん、これは是非とも一度落語というヤツを聴いてみたい。
落語ってどこでやってるの?といえば、やっぱり大阪・東京。
なんと、この前出かけた浅草にもあったんだね。
浅草演芸ホールとか、かなり近くまで行ったはずなんだけれど気が付かなかった。
今度また、浅草に出掛けてみよう。

それにしても、『るるぶ』で落語って、斬新だった。


きく知る落語―東西落語家50傑・まるごと上方落語 (JTBのMOOK―るるぶ)きく知る落語―東西落語家50傑・まるごと上方落語 (JTBのMOOK―るるぶ)
(2006/02)
不明

商品詳細を見る

蟹工船

蟹工船がブームだ。
国語の教科書にも近代の作品として紹介される蟹工船。
解答欄には「プロレタリア文学」だ。
労働者、共産主義、アカ、なんて言葉は古臭いと思っていたし、
きっと読むことのない作品だろうと思っていたが
ブームと聞いては放ってはおけまい。

蟹工船は工場の機能を持った船である。
小型の船で漁をし、母船では蟹の缶詰を作る。
ロシアとの領海ギリギリの北の海での寒さの上、過重労働という厳しい環境である。
食事、衛生面でも酷く、病気による死者が出るほどである。
その境遇に耐えかねた労働者たちが団結して、抵抗を始めた。
元工夫も、食い詰めた農夫も、飲んだくれも、学生も、一つにまとまれば
実際に手を動かす者が強いのだ、と気が付いた。
遂には悪の限りを尽くしてきた『監督』と対決するのだが。。。

ストライキというのは恐ろしいものである。
労使の間で折り合いが付かなければ働かないというのだ。
全員が手を止めて生産ラインが止まってしまってはモノが作れない。
会社としては痛手だ。言うことを聞かなければクビできるが、
一度に全員辞めさせるのは不可能だ。
かといって労働者が強いかといえばそこには疑問を感じる。
たとえ、一度会社に一泡吹かせたところで雇用がなければ
労働者は路頭に迷ってしまうはずだ。

「格差」というキーワードが定着しつつある。
一番上で金を取る人と、実際に手を動かす人の距離が離れて来たのではないか。
パート・派遣の労働力の割合が高くなるということは、
その間の階層化が進むということである。
間に入る人が多ければ多いほど、中間マージンは搾取され、
実際に手を動かす人の取り分が少なくなる。そのため、対立が起きる。
一度縦にできた階層はなかなか取り壊すことができない。
コンピューターシステムの開発でも孫請け、ひ孫請けは普通にあるから
大規模システムの障害が無くならないのだろうね。
階層化を無くす、顔が見える、意思が通じる、経済効果が最適になる。
そんな社会が良いと思うのだが。

蟹工船・党生活者 (新潮文庫)蟹工船・党生活者 (新潮文庫)
(1954/06)
小林 多喜二

商品詳細を見る

つばさよつばさ

浅田次郎さんの「つばさよつばさ」である。
JAL機内誌での連載が単行本になった。
飛行機にはよく乗るのだが、ほんの1時間の空の旅である。
離陸して、お茶を飲んで、はい着陸と、気をつけておかないと機内誌は手に取らない。
たまたま手持ちの本がないか、たまには機内誌でもめくってやるか、と
手を伸ばさない限り、浅田さんとの出会いは巡って来なかったのである。

空の上でしか会えない浅田さんであったが、今回地上でお会いすることができた。
出先の飛行機で読むのと自宅で読むのとは違った効能があるように思う。
浅田さんのこの本は旅の話である。
外国の美しい景色、人との出会い、ご当地の料理など、思わず旅にでたくなる話ばかり。
家で読むにはちょっと刺激が強すぎる。
ああ、昨日までの自分は我慢をしてばかりではないか。旅に出たいなあ。

日本各地を飛び回り、世界中を旅して回る浅田さんはカッコイイ。
海外でも観光客など居らぬ人里はなれたところで物思いに耽り、
時代小説を読むなど贅沢すぎるではないか。
「旅先作家に憧れて」いたものの、締め切りが旅情をそぐと言う。
しかし、旅先の気分のほうが勝るに違いなかろう。

この本での浅田さんはまさに「旅先作家」。
余白ぎりぎりまで迫っている序文とタイトルは
おっ、と目を引くものがある。
ハードカバーのうちにぜひご一読を。

つばさよつばさつばさよつばさ
(2007/09/27)
浅田 次郎

商品詳細を見る



激しく家庭的なフランス人愛し足りない日本人

吉村葉子さんの「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」
はフランス、日本の文化の違いをお金、モノの価値観から綴った本。
知人がフランスに旅行に行くと言うので、フランスってとこはどんなだろうねと
思いながら読んだのがこの本だった。
「オー!シャンゼリゼ」を歌いながらシャンゼリゼ通りを闊歩するのだろうか。
バゲットに板チョコを挟んだ、バゲット・オ・ショコラなんてのは安上がりで美味しそう。
フランスのマルシエという朝市はどんなだろう、と異国への思いは募るのだった。

そんな葉子さんの2冊めがこの本。アモーレの国、フランスのアモーレの話。
今度もフランス・日本の習慣の違いを見て、「ここは見習いたい」「日本人のココは変」
となるのだけれど。。。
読者のターゲットを女性に向けて書いてあるので読み手である自分は外野のようであった。
そもそも、この『外野のよう』というのが日本人の男が他人事と考えている一例なのだが。
今回に限り、外野でも仕方がない。フランスで20年過ごした葉子さんが日本人の女性に
向けてアドバイスしている本なのだから、と割り切った。
それにしても、日本人の男というものが、一律子供で、木偶の坊で、バカであると
ひとまとめで扱われているのには弁護の余地があると思う。
一つは、男というものは単純だから、仰る通り。昔からそういう生き物であるということ。
もう一つは、確かにそういった面も備えているが、内面はもっと複雑ということ。
ただ口下手だから考えたことが全部表面に出てくるわけではないので、
皆同じように見るだけである。男という生き物はナイーブなんだよと一言言っておきたい。
(もちろん、葉子さんはご存知の上で書いているのだが。。)

この本は、女性向けではあるけれど日本人の男に対する行動も含めて話されている。
何知らぬ顔をして、パリジャンの行動様式を取り入れておくと洒落た男になるのかも。
土曜の朝は、さっさと起きて子供に食事を取らせてマルシエに行き、
食事の準備をしてから奥さんを起こす。
これくらい軽い軽い。さらっとこなして見せようじゃないか。

激しく家庭的なフランス人愛し足りない日本人 (講談社文庫 よ 26-4)激しく家庭的なフランス人愛し足りない日本人 (講談社文庫 よ 26-4)
(2007/12)
吉村 葉子

商品詳細を見る

西の魔女が死んだ

都会で疲れてしまった『まい』は、ママのママ、おばあちゃんの所で暮らす。
おばあちゃんが住む田舎には山や木々、草や花が咲いている。
苺を摘んでジャムを作る、ニンニクを植えて虫除けにする。
イギリス式で、昔ながらの暮らしをするおばあちゃんは、洒落ている。
そしてこのおばあちゃんは魔女なのだ。
黒ずくめの衣装で箒にまたがって空を飛ぶわけではないけど。
このおばあちゃんの考え方がすごく好きだ。
悪魔に負けないように、精神を鍛えること。
早寝早起き、食事をしっかり、規則正しい生活を。
何事も自分で決めるのです。外部からの刺激に反応してはいけません。
『まい』だけではなく、自分を含めた、現代人に対するアドバイスだ。

怒ったり、やる気が出なかったり、夜更かしをしたり、寝不足だったり、
自分の心と体がコントロールできない時は悪魔が邪魔をしているのだ。
規則正しく生活をし、自分で決めた時間の使い方ができること。
自分自身をコントロールできることが悪魔に負けないことだし、
魔法使いのように人生をうまく生きていくことではないのかな。

自分の母は、「気を使いすぎぬよう」と前に話をしていた。
気を使うというのは、人を思いやる意味ではなくて、
羨ましがったり、妬んだりするというマイナスのエネルギーのこと。
余計なエネルギーを使わぬようにと教えてくれた母は、今も西に住んでいる。

西の魔女が死んだ (新潮文庫)西の魔女が死んだ (新潮文庫)
(2001/07)
梨木 香歩

商品詳細を見る


いつかパラソルの下で

「いつパラ」を読んだ。
作者の人とか、どんなストーリーかも知らずに読んだのだけれど、
予想していたよりも深く、人生ってなんだ?みたいな内面に突っ込んでくる話だった。
仕事、恋人、親、兄弟、家族とか触れないで良いのならそっとして置きたい部分は
今の若い世代といわず誰にでもあるのではないだろうか。
主人公、野々は父親の一周忌を前にし、これまで避けてきた父親の影や、
安定しない自分の生活と対峙することになる。
テーマは重いのだけれど、からりとしたタッチで描いているので思い悩むことなく
すらすらと読めてしまう。これは作者の才能なのだろう。
主人公や、その兄弟、母親など、暗くなりがちなところを
明るく、前向きに生きていく彼女たちの姿は清清しさを感じてしまう。

話の舞台は要所要所で海がでてくる。
自分はどちらかと言えば山育ちなのだが、いつかパラソルの下で
のんびり海を眺めてみたくなるような、そんな一冊だった。

いつかパラソルの下で (角川文庫 も 16-5) (角川文庫 も 16-5)いつかパラソルの下で (角川文庫 も 16-5) (角川文庫 も 16-5)
(2008/04/25)
森 絵都

商品詳細を見る

4TEEN

14歳、中学2年の4人組の話。
こいつら4人組、ただ遊び歩いている中学生じゃないんだ。
友達思いで、他人の辛いことも分かる。
友達やクラスメイトにとんでもない事件が降りかかろうとも、
諦めたり逃げ出したりせず、ずっと味方でいてくれる。
すごいな、こんな14歳って。

自分が中学の頃って、何も見えてなかった。
学校や、家や、コンプレックスなんかで自分のことで精一杯だった。
クラスの子や、友達がどんなことを考え、悩んでいたか分からなかった。
もっともっと素直に喋って、友達と正面からぶつかり合うと良かったのだろう。
素晴らしい友達がたくさん居たのに。
でも、そうするには口下手だったし、勇気が足りてなかったのだけれども。

4TEENの4人組は見ていてとても清清しい。
大人になってもそのままで居ろよとエールを送りたい。
ふと、14歳の頃ってどうだったかと振り返ってしまう一冊だった。

4TEEN (新潮文庫)4TEEN (新潮文庫)
(2005/11/26)
石田 衣良

商品詳細を見る


そんなバカな!

竹内久美子の『そんなバカな!』。
20世紀の話題書であるが、十数年経った今でも遺伝子の謎は解明されていない。
しかし、こんな説もあるんだね。もし本当だったら空恐ろしい。
すべての生命は利己的遺伝子(セルフィシュ・ジーン)が自分の遺伝子を
増やすための乗り物(ヴィークル)なのである。
昆虫、植物、動物、人間を含めたすべての生命は、一見説明が付かないような
奇妙な行動を取ることがあるが、すべては遺伝子が仲間を増やすための行動と
考えれば説明が付くのだそうだ。

自分の遺伝子を増やすということは、自らが子孫を残す以外にも、
キョウダイや、イトコが子孫を残すことでも、遺伝子のコピーは残る。
ただし、キョウダイの場合1/2、イトコの場合は1/8である。
ホールデン曰く、2人のキョウダイか8人のイトコのためなら自分の
命を投げ出してもよい、のだそうだ。

嫁と姑の仲が悪いのも遺伝子のせい。
親が上の子より、一番下の子を可愛がるのも遺伝子のせい。
男が家庭の外で子供を作りたがるのも遺伝子のせい。
ギャンブル中毒が絶えないのも遺伝子なりの生き残り戦略なのである。
まさに、そんなバカな!である。

他人を見ていてバカみたいだ、腹が立つと感じる行動も
「ああ、これはあの人が悪いんじゃない、遺伝子のせいなんだ」
と考えれば許せることも出てこようと言うもの。
今でもとても面白い、一読の価値ありだ。
ゲーム理論に興味があってたまに読むのだが、ゲーム理論とは均衡点の話。
もっと根本的な行動原理は遺伝子にあるのだと考えると、
タカ・ハト理論や冷戦も面白さが増してくる。

そんなバカな!―遺伝子と神について (文春文庫)そんなバカな!―遺伝子と神について (文春文庫)
(1994/03)
竹内 久美子

商品詳細を見る


深夜特急

海外に旅をするのは、26がよい。
18や19では若すぎる。
26、7になると、そこそこ自分で食っていけるという自負もあるし、
世間もちょっとは知っているから。
そして海外にぶらりと出かけられる最後の時期だから。

『デリーからロンドンをバスで横断』という計画は馬鹿げていて良い。
旅の出発点デリーから始まるのだが、朝目覚め、どこに行こうか考える。
まず茶を飲み、散歩、昼飯を食べて、また散策、ジュースを飲む、夕食、寝る。
翌日目が覚めても、今日はどこへ行こうかと考える。
そうやってインドに長い間滞在しているところから話ははじまる。
はて。ロンドンへ行くことが目的ではなかったろうかと思うのだが
若者の旅というのはゴールに着くことではなく、旅をすることが目的である。
それまで働いて貯めたお金をすべてドルに換えて、行けるところまで行く。
若者だけの特権のようだけれど、いつ次の都市へ移動しよう、
いつ旅を終わりにしよう、というのが決まっていないというのは怖い気がする。

それでも、見知らぬ土地、言葉が通じない土地に何週間か滞在し、
ぶらぶらして食事をしながら、言葉を覚えていく、その街が開けていく。
そんな旅のしかたはあこがれてしまう。
一人旅だから、全部自分で解決しないといけない。ハードだけど面白そう。
一ヶ月ばかり、どこか一箇所に滞在して暮らすというのをやってみたい。
アジアがよいか、ヨーロッパがよいか。

深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)深夜特急〈1〉香港・マカオ (新潮文庫)
(1994/03)
沢木 耕太郎

商品詳細を見る

竜馬がゆく

高校生の頃、日本史や国語が得意でやたらと歴史に詳しい友人がいた。
よく本を読み、休日に友人宅に集まるときには文庫本を売り払った金で
コーラ代を賄っていたほどであった。
彼は理系科目が苦手だったのだが昔から医者になることを目指していた。
卒業以来、彼のその後は聞いていなかったのだが、
つい最近、彼が無事目標を達成していたことを知った。
(苦労したろうに、しかし良かったではないか)
と思うのであった。

その彼が司馬遼太郎の名の由来は『司馬遷に遼かに及ばない』
という意味だよと当時話していた。その司馬さんを読んでみることにした。

歴史が苦手で、これまで歴史モノは敬遠していたのだが、
読んでみると何ということはない。作品として十分面白いのだ。
歴史の背景知識があるとより味わい深くなるのだろうけれど、
読むほどに知識がついてゆくことを期待して。
幕末、戦国時代、色々手をだしてゆこう。

竜馬がゆく、は土佐から江戸へ出てきた若き竜馬の活躍の話。
剣で名を上げることができる武士の時代は黒船の来襲と共に
変わり行こうとしていた。

竜馬がゆく〈1〉 (文春文庫)竜馬がゆく〈1〉 (文春文庫)
(1998/09)
司馬 遼太郎

商品詳細を見る


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。