フクの非日常

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コンピュータの方言(2)

コンピュータ言語と、自然言語。生まれた理由は同じだろうか?
どちらも必要だから生まれたのだと思う。

コンピューター言語は次々と開発されている。今あるものでは足りない、もっと細かく表現したい、もっと簡単に使いたい、というのが新しい言語へのモチベーションではないだろうか。

たとえば、、、
 ・教育用にBASIC,VB
 ・オブジェクト指向プログラムのためにC++,Java,Ruby
 ・手軽に動かしたいためにPerl
 ・UNIXのためにC

あとは、どれだけ需要があって、どれだけ使う人がでてきたかによって使われる言語、使われない言語がでてきたのだろう。これって、自然言語と同じなのかな。。。

VBやPerlでは変数を宣言するときに、型宣言を省略することができる。型なんか堅苦しいものは置いておいて、とりあえず変数使わせてよ!という感じだろう。プログラム言語としては、そこまで厳密に扱わなくてもプログラムとして成り立つし、その方が使い勝手が良い。だから型宣言や変数宣言の省略が許されているコンピュータ言語が存在している。

自然言語で言うと、単数や複数や名詞の性別に区別がない等を思いつく。その言葉を使う人たちがそこまで厳密に区別する必要がなかった、そんなことを気にする人々ではなかったから、名詞に性別の区別がない言葉になっていった、とは考えられないだろうか。

一方で、厳密にメモリやリソースを管理したいときはC言語が使われる。型宣言が省略可能な言語においても、型を明示的に宣言して使用する。自然言語だと、「動詞の活用が何十種類もあって大変~」なんて言葉はそこまでこだわって区別する必要がある人々によって使われてきたのではないかな。

日本語なんて、名詞に性別もないし、複数形もないから細かく全部言わなくても伝わるでしょう、という文化だったのか。それにしては、最近、「空気が読めない」なんて言葉が流行ってきたが。

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