フクの非日常

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BIUTIFUL

BIUTIFUL ビューティフルを見てきた。

本当は見たのは一週間前。
見た後にはやり場のない怒りと焦燥感で一杯になり
自分でも何が起きたのか理解できないでいた。

消化するのに一週間ほどかかった。

主演のハビエル・バルデムはアカデミー賞主演男優賞。
話題作ということで期待して見に行ったのだが、、、



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一口で言えば、映画というものに多くを期待してしまった。
見た後には必ず感動が付いてくる。さわやかな気持ちで劇場を後にするだろう。
映画というものはそうあるべきだ(そうあってほしい)と思っていた。

しかし、映画にはそうでなくてはならない、というルールはないし、
そうでない映画も多く作られ、公開、評価されている。
では、何のためにこのような後味の悪い、救いようのない映画を撮るのか。

直接この映画を題材にした話ではないが、「荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論」では、
この問いに答えるかのように幾つかの興味深い説明がされている。
監督に訴えたいことがあって観客の感情を煽っている。
フィクションでありながら最悪の状況を想定することで、事態に備え、強くなることができる。
そう言われると、そのような捕らえ方ができてもいい気がしてくる。

友人yが昔話してのだが、『「プラトーン」という映画はホラー映画である』、という話がある。
もちろん、プラトーンはゾンビもジェイソンもでてこない、戦争映画であるが
見ている観客を恐怖させる点においてはホラーと言えると。
そういう意味では、BIUTIFUL(ビューティフル)もホラーと言えなくはない。

自分の人生があと2ヶ月で終わるとしたら、自分に何ができるだろうか。
そのとき、幼い子供を残さなくてはならないとしたら?
人生の場面をシミュレートすることで毎日が活きてくるのであれば、
それは良いことかもしれない。

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