フクの非日常

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贅沢の条件

「贅沢」とは何か。「私にとって贅沢は、週末に何々をすること」という風に自分が決めた贅沢を語ることはできる。自分の好きなことなのでとても満足する。しかし、贅沢の一般論となると人それぞれだし、こうだという決まりは無い。本書では「贅沢とはこういうことだ」という筆者の贅沢論をフランス文化・歴史を通して書き進めている。


贅沢の条件 (岩波新書)贅沢の条件 (岩波新書)
(2009/07/22)
山田 登世子

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事例として取り上げられたものは当然、好き嫌いはあるけれど、歴史的視点から「富」と「贅沢」について述べたところはとても納得させられる。貴族による様々な浪費が「贅沢」とされた時代から、資本主義による「富」の蓄積が重要視される時代への移行があった。貴族的な「贅沢」は悪徳とされ姿を消し、労働が美徳とされる。そのまま現代に繋がるのだが、それでは現代において「贅沢」とは何が残るのだろうか。

現代において贅沢は個人の自由であるが、しゃれた贅沢と、そうではない贅沢のしかたがあることに気づかされる。「資本主義」「大量生産」「大量消費」が現代の流れだとすると、「贅沢」は逆の位置にあるのではないだろうか。自分の時間を持つこと。既製品ではなく手作りの品を使うこと。伝統にふれること。高価なモノを買って消費することだけが贅沢ではないと言えるのではないだろうか。

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