フクの非日常

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百年の孤独

ガルシア・マルケスの「百年の孤独」を読み終えたのはG.Wの前半が過ぎようとしていた頃だった。今年のゴールデンウィークは、旅行・遠出の予定は無し、自宅でゆっくり使える時間を以前から積読になっていた本と向き合うことで有意義に使うことにした。先日のガルシア・マルケスの訃報を聞き、読みかけにしていたラテン・アメリカ文学に再挑戦するのはいい機会だと思い、この本を手に取ることにした。改めて開くとこの本はかなりのボリュームであることに気がついた。和書で2段組、300ページ余は、普通の小説一冊よりも絶対的に多い。量もさることながら、本書の難しさは現実に起きそうにないことが、当然の出来事のように描写されていて、それは決して比喩的な使い方ではなく、まったく事実として描写されている世界を理解する点にある。この点は本書の所有者であり、二度の読了をした妻からの助言により前もって知識として持っておくことができ、不思議な出来事にあまり思い巡らすことなく受け入れることができた。「百年の孤独」はホセ・アルカディオ・ブエンディーアとウルスラを始めとするブエンディーア一族の物語で、多数の人物が登場する。しかも、ブエンディーア一族の中で祖父から名前を取って子供の名を付けたり、死んだ人が幽霊になって再登場するなど、誰が誰だかわからなくなること必至である。本を読みながら家系図を書き、しかも、その家系図が収まりきれなくなって書くのを諦めたのはこの本が最初である。時間というものは過去から現在、未来へと一方向へ流れるものと考えているが、実は、時間というものは繰り返されているという発想がこの物語の底辺に流れている。物語を読むにつれて、自分たちの時間もそうなのではないかと感じられてくる。物語の途中で最初のページに戻って読んでも話が繋がりそうな錯覚を覚えながら最後のページを捲っていった不思議な世界だった。


百年の孤独 (新潮・現代世界の文学)百年の孤独 (新潮・現代世界の文学)
(1972/01)
G.ガルシア=マルケス

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